『ヴィデオストーム』

第二回

ゲームマスター:田中ざくれろ

★★★

 黄金色の光線。
 ぎらぎらとした夏が、人の精力を奪う。
 界隈を騒がせている連続自殺事件。
 真相を追いかける者達の前に、果たして真実はつまびらかにされるのか。
 褐色の貴婦人マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)の最初の推理は残念ながら外れていた。
 彼女はこれが表面的には連続自殺事件であるが、何者かによる邪悪でシンボリックな魔術儀式の犠牲者だと考えていたのだ。
 自殺者はいわゆる『生贄』に捧げられてしまったのではないか?
 そんな風にマニフィカは予想していた。
 ところが鑑識の『駅作純作』から話を聞く限りでは、どうやら違うようだ。
 性別とは関係なく、被害者の腹部に巨大な女性器を自然発生させ、同じDNAを持つ拳銃を出産させる。
 ――異形な生物銃による親殺し。
 それだけでも充分に神性存在への冒涜と言えよう。
 これは呪術的な伝染性を伴った超常現象なのだろうか?
 しかも対象者はクリエイター限定?
 いくらなんでも悪質すぎると言えた。悪夢の様な事件だ。
 判断に悩んで彼女は『故事ことわざ辞典』を取り出す。
 愛読書を紐解けば『偶然という言葉は、神を冒涜するものである』という記述。
 もしや冒涜的な超常現象は、偶発的な要素が強いとか?
 首を捻り、再び頁をめくると『因果は巡る糸車』の一文が目に入る。
 これら一連の事件にも原因と結果があり、見えぬ水面下で連鎖しているはず。
 なるほど、改めて全体像を俯瞰することが必要らしい、と眼から鱗が落ちる。
 マニフィカは連続自殺事件の背景を洗い直し、超常現象による利害発生や人間関係の変化に着目すべきだと考えた。
「仮に『ヴィデオストーム』が超常現象の元凶として、いわゆる『単独犯』とは限りませんわ」
 巷で都市伝説として騒がれている、呪いの映画ビデオの名を出す。
 冒険者ギルド二階で個室を借り切っているいつもの仲間達が、テーブル上のアイスティの残量も様様にマニフィカの方へ振り向いた。
 その中にはテーブルに大きな用紙を広げているジュディ・バーガー(PC0032)もいる。
 こよなくシンプルを愛すジュディにとって、現状はちょっと情報過多だった。よく咀嚼し、適切に吸収しなければ、消化不良を引き起こす。事件と関連する情報を判り易く整理する為、マニフィカの手法を模倣して、大きな用紙に抽象的な図解を描いてみたのだ。
 紙に描かれた関係者の名前と探偵『西城喜姫』から提供された顔写真が、カラフルなマジックで結ばれた関係線によって全体像が見えてくる。
 しかし見えた像自体はあっけないほど単純だ、自殺者それぞれから伸びた線が、中央のプロデューサー『メリッサ仁藤』に集中して結ばれているだけだ。
「ヴィデオストームはあくまでも現象であり、作為的に介入した存在を疑うべきですわ」
 そう言いつつもマニフィカは、それも含めて強いネガティブな影響力を持つかもしれない、人知を超えた悪意じみた特級呪物である映画ビデオの名を忘れられない。
 ヴィデオストーム。
 より深く考えれば、考えるほど恐ろしくなる。
 気泡のないガラスコップに入ったアイスティが個室の空気を涼しくする。
 驚くべき事に、その恐怖は女傑という言葉にふさわしいジュディにも伝染しているようだった。
 何故かジュディには、妙な具合に野生の勘が騒いでしまう時がある。
 第六感で不吉な予兆を感じ取るのかもしれない。
 今回のクエストもその例外ではなかった。
 馴染みの仲間達と合流し、連続自殺事件に関する情報収集に励む。
 正直なところ、不気味で後味が悪くなりそうな事件だとジュディは捉えていた。
 いくら彼女でもさすがに空気は読める。得意の力技も、今は封印だ。
 色色な話を聞けば聞くほど、このヴィデオストームが厄介な存在と解る。
 多分、呪いのアイテム。本物ならば、関わる者全てを不幸にするだろう。
 回収のチャンスを逃さず、可能な限り速やかに処分すべきだろう。
 ジュディはその役目を喜んで務めるつもりだ。
 マインドセットは、サーチ&デストロイ。
「普通に考えれば一番怪しいのはメリッサです。」
 アンナ・ラクシミリア(PC0046)は氷の音も高らかに、アイスティをストローで飲み干した。
 個室内の視線が彼女に集中する。
「もしメリッサが犯人であると仮定するとどのような事が考えられるでしょうか。例えばメリッサは『デザイナー』で、ヴィデオストームなどという呪いのビデオを作って契約した相手に渡す。使用済みのビデオは溶けて消滅してしまう、とか」
 アンナは用意しておいた初級の推理を披露した。
 何故初級か。
 この後に用意しておいている推理こそ本命だからだ。
「でも、これではビデオを回収するのはほとんど不可能に近いでしょう」アンナは冷えたティーポットから自分のグラスに新たな分を注ぐ。「ビデオは同じ物を何度も回収して使い回しているというやり方も考えられます。むしろその方が自然では」
 アンナは広げられた用紙の中央に置かれているメリッサの写真、その隣に置かれた鑑識役・駅作純作の写真の上にグラスを置いた。
「そう、彼女の恋人である駅作が『鑑識』だったとしたら? ――現場を最初に捜索するのは鑑識です。鑑識が『ない』と言うので鵜呑みにしていましたが、それが容疑者の恋人の言葉であれば信憑性はあるでしょうか? 共犯者がいるとすると話が変わってくるのです」
 アンナの本気の推理を聞き、マニフィカは閃いた。
 これらの事件で、最も利益を得た人物は、圧倒的にプロデューサーのメリッサ仁藤だ。
 彼女の不在証明は完璧らしいが、共犯者がいるとしたら? アリバイ工作も容易くなる。
 そして彼女は鑑識の駅作と秘密裏に交際していた事も解っている。
 そしてジュディも閃いた。
 ヴィデオストームの形状はどうなのだ。
 そもそも外見がビデオテープとは限らない。犠牲者の間を渡り歩く際は、自在に姿や形を変えられるのでは?
 ――つまり擬態しているのでは?
 犠牲者に脳腫瘍を発症させたり、巨大な女性器を自然発生させる呪物なら、それくらい容易ではないだろうか。
「プロデューサーが被害者にビデオテープを渡し、鑑識がそれを回収する。――駅作さんはこの負の循環がなかったと他の警察関係者に胸を張って言えるでしょうか?」
 アンナは強く言葉を張って主張するが、残念ながら鑑識係の駅作の姿は個室にはいない。
 勿論、メリッサの姿もここにはなかった。
 連絡がつかないのだ。
 メリッサと駅作は、自分達の交際が明らかになった段階で、捜査の手が及んだのを覚ったのか姿を消していた。
 もう彼女達の怪しさは一〇〇%だ。
「まずはメリッサと駅作の身柄を確保して、ビデオを隠し持っていないか確認して回収しないと。それでもビデオが見つからないとしたら、もう次の犠牲者の手に渡っている可能性があります。メリッサの事務所を捜索すれば次のターゲットとの契約書が見つかるのではないでしょうか。――とにかく一刻も早くビデオを受け取った者を保護しないと」
 アンナは力説した。
 次の犠牲者は誰だろう。
 ジュディの脳裏には、自然と冒険小説家『ターキッシュ・ザッハトルテ』の名前が浮かぶ。
 彼を犠牲にするのは断固阻止しなくてはならない。
 マニフィカの脳裏に浮かんだのは、今現在も捜査に駆け回っている探偵の西城だ。
 おそらく最も真相に近い人物は、職業探偵の彼女だ。
 流石はこれらの事件の専門だが、しかしそれ故に逆に危険な立場にあるといえる。
 マニフィカは、メリッサ達の手が西城に及ぶ万が一の危険を考え、既に『ミガワリボサツ』を彼女に貸していた。
 メリッサや駅作の事務所や自宅には証拠が固まり次第、警察による強制家宅捜査の手が入る事になっている。
 果たしてそこには次の被害者としてのザッハトルテの名があるだろうか。
 皆は確実にその名があるだろうという予感を疑ってはいなかった。
 ビリー・クェンデス(PC0096)とリュリュミア(PC0015)はアイスティをおかわりしてからまた飲み干すと、有志を連れてザッハトルテの家へ向かった。

★★★

 太陽にあぶられる肌にまとわりつく外気が暑い。
 ビリーとリュリュミアとアンナは、先日に合成魔獣らと共に依頼主であるザッハトルテの邸宅を訪れてみたところ、けんもほろろに追い返されてしまった。
 ターキッシュ・ザッハトルテらしくない言動。強烈な違和感。
 使用人達も当惑していたが、あまりと言えばあまりすぎる態度の変容だった。
 ビリーが面識を得たザッハトルテは素晴らしき文才に恵まれ、大きなスランプに苦しんでいたが、如何にも高名な作家らしい人物だった。
 想像力の枯渇と主張していたが、それは典型的なクリエイター特有の持病だ。
 いわゆる産みの苦しみ。
『私は、物語が人生に及ぼす影響力の大きさを信じている。私は物語の善い面が、その人や周囲の現実に善い影響を与えるようにと願って、小説を書くのだ』
 当時は恥ずかしくて黙っていたけど、以前の彼から聞いた言説にはビリーは感動を覚えてしまっていた。
 尊敬に値する人物と直感した。福の神見習いはそんな彼を放ってはおけなかった。
 先日アンナは、書斎で小さな古いテレビを目撃したと皆に告げていた。
 ブラウン管式の、ビデオと一体型のテレビだ。
 何故そんな異物が?とビリーの脳裏に疑念が渦巻く。
 ザッハトルテの原稿は手書きだ。旧式なタイプライターやワープロの類すら使っていない。
 テレビはおそらく羅李朋学園から流失した骨董品だろう。容易にヴィデオストームとの関連性が疑えてしまう。
 彼の異常な状況に妄執したような、異様な眼光が思い浮かぶ。
 挙動不審なザッハトルテを、心理系の状態異常と仮定してみる。
 このままでは彼が危うい、と心の奥がやきもきする。
 ザッハトルテの家に着いたビリー達は、玄関の呼び鈴を押さない。
 今ここにはレッサーキマイラを含めた冒険者達全員がいる。
「こっそり行くでぇ。……今回のボクらは敢えて窃盗犯や」
 ビリーは皆に小声で説明した。
 ザッハトルテから怪しいテレビを取り上げる。壊しても構わない。たとえ強引な手段でも、手遅れとなる前に。
 いわゆる窃盗行為だ。神様見習いとしてバッドカルマが怖いけど、あくまでも個人救済が目的だ。
 緊急避難を理由に、善悪の判断は棚上げする。
「てれびって、ちいさな人が入ってる箱のことですかぁ。中に害虫でも隠れているんですかねぇ」
 リュリュミアもその気だ。ビデオ一体型テレビの事を思い浮かべながら、書斎の窓の方を見やる。
 ビリーはその一体型テレビ自体がヴィデオストームの変化体という可能性にも留意していた。
 様子をうかがっていると、どうやらザッハトルテが書斎に詰めているらしい。執筆をしているのだろう。
 ――或いはビデオを観ているのか。
 ここの皆は、書斎の窓の周囲に集まる。静音。中に気づかれないように。
 ビリーは人差し指を唇に立てる。とにかく沈黙が大事だ。
 外は、夏のセミの声。
 まるで泥棒にでもなったかのように、壁に張りついて皆はタイミングを待つ。
 アンナは手鏡に光景を反射させて室内をうかがう。
 小説家は卓上に本と紙を積み上げて原稿執筆しているようだ。
 その左手前に、ビデオ一体型テレビ。
「……やるで」
 座敷童子の姿はテレポートして、一気に室内へ侵入した。
 静かに潜入したつもりが、積み重なっていた本の山に足をとられた。
「しもた!」
 その音と声に反射的に立ち上がったパジャマ姿のザッハトルテ。周囲の本と紙の山が崩れる。
 彼が叫ぶ前に、リュリュミアのツタが窓を開け放って、中に踊りこむ。
 長く太いツタでザッハトルテをグルグル巻きにしたリュリュミアは、部屋に上がりこむと帽子から黄色い花粉を噴き出した。
 『睡眠花粉』だ。
 大量の花粉を吸ったザッハトルテが、糸の切れた人形の様に脱力した。眼にクマを作った如何にも寝不足めいた身体が床に寝そべるのは、着ているパジャマにも相応しく、それこそが自然の摂理に思える。
「寝不足はからだに悪いですからねぇ」
 他人事の様に呟いたリュリュミアの周囲で、窓から侵入した冒険者達は口を袖でふさぎながら窓で扇いだりして部屋の換気に努めた。一度に三〇人もの人間を眠らせられる彼女の花粉をまともに吸ってはザッハトルテの二の舞になる。家人に覚られないよう静かに作業する必要があったが、おかげで巻き添えをくったのはレッサーキマイラ一頭ですんだ。 いびき封じのくつわをかまされた合成魔獣は、窓際の外に放置される。
 五分ほど換気作業して、魔獣以外の皆は無事に書斎に侵入し、ザッハトルテを安全に見下ろす位置につけた。
「あーあ。こんなに眼の下にクマを作っちゃって……。ずーっと眠れんかったとしたらさぞつらかったやろうな」
 ビリーは心底憐れみながら『催眠療法』を彼に施す。心理系の状態異常を回復させられるこの技なら、ザッハトルテを元に戻す事が出来るかもしれない。
 その間に、他の者達は書斎の中を捜し始めた。リュリュミアの花粉は早ければあと五分ほどで効果が切れてしまう。ザッハトルテが眼を醒ます前に、事を進めておいた方がいい。
「えぇっと、これがてれびでしょうかぁ」
 リュリュミアは、いち早く卓上の機械に気がついた。
 電源は入っており、今は灰色の画面が映し出されている。
「なにをどうしたらいいんですかねぇ。とりあえず順番に押してみましょうかぁ」
 彼女の指が機械の表面にある様様なボタンを押すのを、周囲にいる人間は止めなかった。
 ガチャリと音がした後にビデオが唸り、画面は雑なノイズと共に不気味な画像を映し始めた。
 それは画面一杯に広がった人間の顔だった。
 まるでコピーを重ねた様な粗い画面は短い旋律を繰り返す気味の悪いBGMと共に、陰影の濃い顔が歪み続ける映像を映し続ける。
「ワッツ? この顔、見憶えありマスヨ」
「被害者の一人じゃないですか!?」
 驚くジュディとマニフィカ。
 確かにそのビデオの顔は写真で見た事がある。
 最初の自殺者『獏田一成』だ。
 その時、ザッハトルテの眼が開いた。効果が切れる推定時間より早い。状態異常を治癒させるビリーの催眠治療が、彼の覚醒を促してしまったのだ。
 小説家の悲鳴が挙がった。
 途端、部屋の外が騒がしくなる。声を聞きつけて使用人達が集まってくるのだ。
 予想外の事態に軽いパニックになる冒険者達。
「早く電源を切ってください!」
「このボタンでいいのかしらぁ」
 アンナに促されて、テープ取り出しのボタンを押すリュリュミア。
 すると画面が消え、正面のスリットから黒いビデオカセットが半分ほどせり出てきた。
 だが、次の瞬間、カセットの横から、蟲の様に長く細い何十本もの足が生えた。
 カセットはビデオから飛び出した。毒蜘蛛を思わせる気味悪い動きで素早く書斎を這いまわり、本と紙の山の中に隠れる。まさしく虫の速さだ。
「ご主人様! どうなされました!」
 書斎の扉が乱打され、使用人達の声が扉を通して響く。
 どうやら書斎は鍵が閉められているようだ。
 テレビ画面が再び点いた。
 画面に映っている現在の顔。それは不気味に歪んだターキッシュ・ザッハトルテだった。
『……げ、げげげ、芸術を産みだす、私のじゃ邪魔は、させせない……』
 スピーカから漏れ出ずるノイズ混じりの声。
 画面のザッハトルテの顔は、モーフィングするCGの様に歪むまま不気味に老いていく。
 その老いた顔が眼光鋭いものに変化した時、ぬうっと画面からその表情のままに顔が画面から外へ突き出された。小さな画面の枠の物理的限界を超えて、筋肉質な手足が外へせり出てくる。立体映像と呼ぶにはあまりにも質実を備えたリアルな姿態だった。金属の鎧に身を包んだ身体は、身の丈二mを超える老騎士の実体である。
『そそそ創作活動のじゃ邪魔をする輩は、こ、この『キルギャー・バーントゥード』のツルギのさサビにしてくれんん……!』
 怪物の様な騎士が、小さなテレビの外にそびえ立った。
 過去に冒険者達が創造の手助けをした物語の主人公を名乗った老騎士は、赤い血飛沫がまとわりついた長剣を振った。
 破断音と共に、書斎の大きな机が真っ二つに切断される。
 冒険者達はその老騎士に対し、戦闘状態へ移行する。
 と、その皆の視界が歪んだ。
 精神的な不快が、冒険者達の脳裏を見えない手指で掻きむしる。
 その不快がまるで血の海に溺れる様な幻覚の風景を作り上げている。
「何や、これ!?」
 ビリーは叫んだ。
 狂気だ。
 皆は覚った。
 この書斎の何処かにいる『ヴィデオストーム』のビデオカセットが、室内に見えない狂気の毒を放射している。
 まるで書斎の全ての影の中に、幽霊が潜んでいる気配が確かにする。
 その狂気に永くさらされると脳腫瘍を生じ、発狂するのだ。
『さあ来いい! 無粋な輩どども! に人間、一度はし死ぬものだだ!』
 老騎士キルギャーの動くスピードは駿馬の如く素速く、力強い。
 ザッハトルテ本人は書斎の隅にうずくまり、力弱く震えている。
 風景の全てが血の染みに見える、
 嘔吐感が胸をこみ上げる。
『わ私は、物語が人生に及ぼすええ影響力の大きさをししし信じている! も、物語の登場人物のく苦しみが、読者を真に不快にさせ、と、トラウマを与え実際の苦しみとなる様にと願って、私は小説を書くのだだだ!』
 キルギャーが吠え、襲いかかってきた。
 不気味なビデオが作り出した狂気空間の中で、冒険者達は絶対のピンチに陥っていた。

★★★