ゲームマスター:田中ざくれろ
| ★★★ 風景の全てが血の染みに見える、 嘔吐感が胸をこみ上げる。 『わ私は、物語が人生に及ぼすええ影響力の大きさをししし信じている! も、物語の登場人物のく苦しみが、読者を真に不快にさせ、と、トラウマを与え実際の苦しみとなるようにと願って、私は小説を書くのだだだ!』 巨漢の老騎士『キルギャー・バーントゥード』が吠え、襲いかかってきた。 不気味なビデオが作り出した狂気空間の中で、冒険者達は絶対のピンチに陥っていた。 ――文豪の名に恥じぬ冒険小説家『ターキッシュ・ザッハトルテ』の屋敷にある書斎。 そこに立つ冒険者の内、底抜けに明るく、笑い上戸で脳天気なジュディ・バーガー(PC0032)は、こよなくシンプルを愛し、情に厚く大らかな包容力の持ち主だ。スーパーヒーローに憧れを抱き、実用的な合理主義者でもある。とはいえ欠点も多く、暴力沙汰でプロスポーツ界から出禁にされた経歴は伊達じゃない。 ちょっと気まぐれで、自制心が弱かったり、やたら好戦的になる事もある。ある意味で正直者で、いわゆる愛すべき馬鹿と言えるだろう。 そんなジュディの青い瞳が激怒に燃えている。 表面的にはいつもと同じく飄飄とした態度だが、内心は怒り狂っている。 彼女がロシュナンテとして仕えた遍歴の老騎士『ドンデラ・オンド』公。 今は亡きその御老公との冒険譚がモデルとなり、文豪ターキッシュ・ザッハトルテが創作した小説、その主人公はドンデラ公の分身にも等しい存在に思える。 一体型テレビの小さな画面から物理法則を無視して現れた怪物騎士は、あえてそのキルギャー・バーントゥードと名乗った。 御老公に対する侮辱は許せないのだ。 「……ガッデーム!!」 ジュディの左手には『ハイランダーズ・バリア』のシールド・ナックルが光り輝いている。 どんな理屈や仕組みかは知らないが、一体型テレビから登場した怪物騎士が強敵であると感覚で解っていた。 お互いに二mを越える体格。 ――相手に不足なし! ジュディは吠えた。 書斎に積まれた紙と書物の山を蹴散らしながら、鈍色の長剣を振るうキルギャー。 その刃を『ゴースト・ブレイカー』も付与したシールド・ナックルの鮮緑光で受け止めるジュディ。 胸に吊り下げた老公の形見『厚紙製の護符』も彼女を鼓舞し、勇気を奮い起させてくれる。 火花を散らす二人の武器は眩い輝きで、不気味な幻覚に歪む風景を情熱的に明るく照らし出した。 ジュディの『スキル・ブレイカー』がおどろおどろした風景の幻覚を打ち破った。これにより狂気の波動がしばし止み、書斎にいる者達は精神の健康を取り戻す。 物語の中の人物に、ダメージの概念があるかどうかも怪しいと思う者達は、キルギャーの相手をジュディに任せ、この部屋にまだ潜んでいるはずの毒虫を相手にする。 「室内戦闘は、機動力が活かせないので苦手というのもありますが、それ以上に部屋が滅茶苦茶になるのが精神的に耐えられませんわ」 アンナ・ラクシミリア(PC0046)は戦闘用モップを伸長させ、攻撃を避けながら、元凶である黒いビデオカセットの虫を探した。 本の山をモップで部屋の隅へ押しのけ、椅子や机を片づけながら、死角を潰していく。 「植物と虫はきょぉせぇかんけぇにあるんですよぉ」共生関係という概念を独特の口調で語る、植物系淑女リュリュミア(PC0015)。「でも、この虫はなんだかまがまがしいですねぇ」虫というのはヴィデオストームの事だ。 ――古人曰く、因果は巡る糸車。 マニフィカ・ストラサローネ(PC0034)は書斎の狭さに(これでも十分広さのある部屋なのだが)窮屈そうに長柄の三叉槍を振り回す。 ある程度は予想していたとはいえ、実際に目撃するとヴィデオストームの異常性が解る。 擬態したビデオカセットから蜘蛛の如く脚を生やし、狂気の波動を垂れ流す。まるで害虫Gみたいにカサカサと這いまわり、書斎に積まれた本と紙の山に隠れた。海で生まれ育ったマニフィカはGに対する生理的嫌悪感を持たないが、器物と生物の要素が混じり合い、混沌を体現するかのような外見に不快を感じざるを得ない。 こんな事もあろうかと精神攻撃に備えるべく貫頭衣の下に『ラブラブトレーナー』を着ていた彼女は、毒虫を捜して本の山を槍で突き崩す。 嘔吐感はない。が。 本好きとしては結果的にザッハトルテの書斎を荒らしてしまうのが心苦しい。 「とにかく虫と騎士を片づけたら、メリッサと駅作を確保しないと!」 アンナは一刻も早く毒虫退治をすませ、この事件の裏にいる『メリッサ仁藤』と『駅作純作』の確保に走り出したかった。 本当に犯人なのか、動機と手口を明らかにする必要がある。 そもそも、あの黒い虫は何処から手に入れたのか。 その入手先が真犯人というか、黒幕に違いない。 二人を追いかけたいという意思はこの現場での作業を気もそぞろにする。 マニフィカも、メリッサと駅作の二人は恐らく共犯だろうと考える。 ヴィデオストームを巡る連続自殺事件も、恐るべき怪奇現象ばかり目立ったが、背後関係から人為的な関与が急浮上した。 被疑者のメリッサ仁藤と駅作純作が姿を消したのも仮説を裏づけている。 『内臓ヶ崎切作の自殺について捜査』というクエストから派生した、事件の真相にチェックメイトしたかもしれない。 元凶のヴィデオストームを今、捕獲または破壊すべきか? 真犯人らしき二人の行方を今すぐ追うべきか? 実に悩ましい選択肢が突きつけられている。 朋友ジュディが武器を捨て、同じく武器を落としたキルギャーとがっぷり手四つに組んでいるのを背景に、マニフィカは愛読書『故事ことわざ辞典』を紐解いた。 すれば『二兎を追う者は一兎をも得ず』という記述。 ――まさしく! 決断を恐れてはならぬ。 再び頁をめくって『根を断ちて葉を枯らす』の一文を眼にした彼女は、根本的な原因を断つ事で問題解決に導くべし、と心に決める。 つまりヴィデオストーム優先だ。 マニフィカは敵を素早くて厄介な相手と判断し、手数とスピードで対抗するべく、切り札『ホムンクルス召喚』を使用した。 二人の影として増えたマニフィカは、麦畑の穂を刈るように槍で本の山を切り崩し始めた。本を傷つけるのは心苦しいが、今は非常だ。 アンナも本や家具を即刻片づけて、毒虫の潜める死角をどんどん潰していく。 仲間達がこうしている間、ビリー・クェンデス(PC0096)は部屋の隅でうずくまって、力なくガタガタと震えている小説家ザッハトルテに眼を配っていた。 彼は、人の命に貴賎はないが、リスペクトするクリエイターを――つまり文豪ザッハトルテを救済したいと強く想いをこめていた。 個人的な感情に左右されるのはまだ未熟という証かもしれない。 しかし、それもまた良し。 ――行雲流水の心構えが大切や。 正直なところ、ヴィデオストームの正体は解らない。しかし不幸を招く邪悪な存在であるのははっきりと理解出来た。幸運を司る妖精であり遠い未来の救世主を目指す神様見習いのビリーとは真逆。まさしく不倶戴天の敵と言えよう。 ヴィデオストームが放つ脳腫瘍が生じるような狂気の波動により、味方陣営は発狂を迫られるネガティブな環境下での戦闘を強いられている。ジュディのスキルブレイカーによりしばし止むも、万全ではない。 この圧倒的不利を打開すべくビリーは『コピーイング』を発動した。 ビリーの善属性から、狂気とは真逆の波動が使えるようになる可能性を考慮した発動だったが、コピーしたのはおどろおどろしい狂気を放射するオリジナルそのままの能力だった。 「ならば、波動の山と谷を逆位相に調整し、双方の波動を打ち消して無力化してやるんや!」 ビリーは物理学的な波動の概念を応用しようとする。 だが波動を逆位相に調整するというのは具体的にどうすればいいのか。 そもそも狂気の『波動』とはそう感じられるという抽象的な感覚であって、物理的な『波動』ではないのが今の福の神見習いには解っている。 押されたジュディの体勢が筋肉の膨れ上がったキルギャーにのしかかられそうになっているのを背景に、ビリーはこうしている間にもヴィデオストームから悪影響を受けたザッハトルテが予断を許さない状況になっているのを認識した。 こうなったら狂気の波動にさらされる書斎から彼だけでも連れ出すべきだ。 そう判断したビリーは、十八番の『神足通』を使った。ザッハトルテと一緒に室外へテレポートする。 正気に戻す為に彼に『催眠療法』も再度施術しようとしたビリーは、その時、窓の外に育ちつつある異様な光景に気がついた。 「……なんや、こりゃ……!」 戸惑うビリーを窓の外に置いて、書斎の中では捜索と戦闘の光景が繰り広げられている。 手四つに組んだジュディとキルギャーは、老騎士の怪物が膨れ上がった筋肉の力でジュディの背を海老反りに捻じ曲げていた。 のしかかる上半身に耐えられず、ジュディの腰は今にも折れそうに反り返っている。 あと三秒すればジュディの腰は、背側に直角にへし折れた。 その時、リュリュミアは書斎にある分厚い本をありったけツタで結んで束ねて、キルギャーに絡みつけた。 それを足や腕に絡めて、重しにして騎士の動きを止める。 キルギャーの腕に過大な負荷がかかり、ジュディと組んだままの姿勢から腕が外側に歪む。 「イピカイエーッ!」 加勢を受けての逆襲。ジュディの腕は互いの指を組んだまま、キルギャーの両腕を肩から引き抜いた。 肩関節からもぎ取られた老騎士の太い腕がスプラッタムービー程度に盛大に鮮血を噴く。血飛沫はバケツでぶち撒いたように書斎を汚し、音を立てながら汚汁の様に沸騰する。 『ギギギャャーッッ!!』 デジタルノイズ混じりの悲鳴を挙げるキルギャー。 両腕を失ったその巨体はまるで映像にノイズが混じるように灰色の砂嵐をまとわりつかせながら、空気中に溶けていく。部屋を汚す大量の血飛沫も透明化していく。 痛めた腰をいたわりつつ身体を起こして勝利の雄叫びを挙げるジュデイを背景にしたその時、毒虫を残る部屋の隅に追い詰めたアンナ、マニフィカとその分身は最後に残る本の山を崩すところだった。マニフィカは「出来るならば捕獲を」と考えている。 追い詰めた。もうここ以外に毒虫の潜むところはないはずだ。 最後の反撃か、この時、狂気の放射が一層強くなった。 狂気の念が頭痛として襲い、一瞬視界をしかめた二人と分身。 次の瞬間、本の山が崩れて、陰から何十本もの足を生やした黒いビデオカセットが跳ねて向かってきた。 その素早さに驚いた者達の懐にとびこんでくる。 まさしく害虫のあぎとが、先頭にいた者の右手の人差し指と中指を噛みちぎった。 褐色の二本の指が宙を舞う。 先頭にいたのはマニフィカのホムンクルスによる分身だった。 まだ空中にある内に、アンナのモップがヴィデオストームを叩き落とす。 マニフィカが分身と共に『ダブル・ブリンク・ファルコン』を発動させた。 まるでジューサーミキサーの中にあるように、ヴィデオストームが攪拌する三叉の刃でズタズタに引き裂かれた。 狂気の放射が止んだ。 火に炙られた害虫Gの様に、ズタズタの毒虫が反射的に跳んだ。開いている窓から屋敷の外へ飛び出す。 「回転が足りませんでしたか!?」 「あっちへ逃げましたわ!」 マニフィカとアンナは虫を追い、勢いのままに窓枠を乗り越えて外へと飛び出した。 ――そこで見た光景は驚くべきものだった。 「アンナさんもマニフィカさんも驚いたやろ――ボクも驚いたわ」 寝そべるザッハトルテの傍らで先にここに来ていたビリーは、驚いている二人に平静を促した。 窓の外にある狭い庭に所狭しと密生している濃緑の森は、どれも有名な――ウツボカズラやハエトリグサ、モウセンゴケといった食虫植物が二mを越える生長をした姿だった。 ボロボロのヴィデオストームが、巨大なハエトリグサの牙並ぶ顎を閉じ合わせた様な捕虫器の一つに捕らえられていた。 「これは一体……」 「怖がらなくてええやろ、アンナさん。こんな事が出来るんはこの界隈に一人しかおらへん」 「あらぁ。まにあったようですねぇ。さきに窓のそとにタネをまいておいてよかったわぁ」 庭にいる者達へ、窓から顔を出したリュリュミアは声をかける。 この時、庭へ回った使用人達がようやく駆けつけてきて、食虫植物の密林に驚いていた。 使用人が連絡した警察の衛士も駆けつけてきて、同じように驚き、腰を抜かす。 ウツボカズラに捕まったまま鼻ちょうちんを膨らませているレッサーキマイラに難儀していたビリーは、事件の終結にしまらない寝顔をさらしている相棒の頬を思い切りつねってやる。 「……え!? 朝ご飯ですか? ……皆さん、おはようごぜえます!」 売れない芸人はこの期に及んでも現場の空気を引き締める台詞を放つ事が出来なかった。 いつの間にやら夏の暑い陽射しはおさまり、涼しい風が吹いていた。 ★★★ ザッハトルテが屋敷の中に運び込まれ、寝室のベッドに寝かされた。 ビリーはその場で薬膳料理を『打ち出の小槌F&D専用』から取り出す。 ヴィデオストームの悪影響で脳腫瘍の発病危険性はザッハトルテが最も高いはずだ。事後処理の一環として、ビリーは脳腫瘍の防止と早期治癒を促すべく薬膳料理を関係者に振舞った。薬食同源に関連するノウハウは、スチール・ゼンマイ畑の怪物退治で習得済みだ。 「ざっはとるては、ずっと部屋の中にいるからびたみんが足りないんですよぉ。真っ赤なトマトを食べて、青汁を飲んだら、気分もすっきりしますよぉ」 リュリュミアは赤く艶やかな果実と、緑色のジュースを提供した。 使用人の手からスプーンでトマトと青汁を加えた料理をすするザッハトルテ。見る見る内に顔色がよくなっていく。 ビリーは勿論リュリュミアからの新鮮な食材提供は大歓迎だ。 「不味ーい! もう一杯!」 誰に言われずともジョッキ一杯の青汁を飲み干したレッサーキマイラが青臭い息を吐く。 ビリーは指圧でジュディの腰を治療しながら、大きな編み籠に捕らえられたボロボロのビデオカセットを見やった。 黒いカセットは大きくひび割れ、足も半分以上がへし折れ、欠損している。内臓の様にはみ出た黒いビデオテープは半ば千切れ、全身に絡みつく様にもつれている。如何にも死にかけの虫だ。普通の生物に対する基準で物を言っていいなら、ヴィデオストームは瀕死の際にある。 「結局何やったんや、こいつは」 「その映像は私の創造的芸術センスを引き出してくれる魅力があった……そして、その魅力の前に、私は自殺させられてしまう寸前にあった……」咳き込みながらザッハトルテが狂気のビデオの恐ろしさを語った。精神的な健常はある程度取り戻せたらしい。「精神の変容はやがて肉体にも現れただろう……毎回の映像の最後には、銃を頭に向けて撃つイメージがあった。私は作品を完成させた暁には、自分の頭に向けて引き金を引く覚悟が出来ていた……」 『そうだ……映像の自殺イメージに感化されて、最後に視聴者が自殺してこそ『ヴィデオストーム』は完成する……』 突然の言葉に、皆はハッとして振り向いた。 ヴィデオストームを閉じ込めている編み籠、その網目をすり抜けて、黒い陽炎の様な物が立ち上っていた。 ――それは最初の自殺者『獏田一成』の陰鬱な顔だった。 獏田がデジタルノイズ交じりの暗い声で、皆へ語りかけた。 『ヴィデオストームこそ、俺が目指した究極の芸術だ……俺は自分の魂を捧げて究極の芸術作品を作り出した。狂気の映像の最後には自殺を想起するキー・イメージが仕込まれている……それに誘導されて視聴者が自殺すれば、俺の勝ちだ。……俺は勝利し続けた……』 「そんな、勝利だなんて……!」 『俺はほんの少し背中を押してやっただけなんだよ……』 憤るアンナへ、獏田が陰鬱な声を冷ややかに浴びせる。 彼女は真犯人の動機と手口を明らかにし、あの黒い虫を何処から手に入れたのかを見つけられれば黒幕へ辿り着けると考えていた。 しかし、この言葉によればヴィデオストーム=獏田自身が黒幕という事になりそうだ。 ――ヴィデオストームのビデオカセットに憑依した、獏田一成という悪霊が。 その時、寝室のドアが強く開け放たれ、探偵『西城喜姫』の発言が飛び込んできた。 「駄目です! 遅かったです! 既に二人の口座からは有り金全てが引き出されていた後でした!」 「ナ、何だっテー!!」 この中でジュディの驚きが一層大きい。 真犯人と共犯らしき容疑者二人が姿を消したが、逃走資金が必要だろうとジュディは考え、著作権を振り込む口座の凍結を西城に提案していたのだ。 VIPとの人脈を使って手伝ったつもりだったが遅かった。全預金の引き出しは、逃走の最初期に行われていたのだった。 「二人の指名手配は!?」 「それは完了しました!」 逃亡した二人を指名手配すべきと進言していたマニフィカは、西城の答に一時安堵した。 『羅李朋学園』の亜里音オク生徒会長や『オトギイズム王国』王家との太いパイプを活用しての指名手配だ。いつか必ず追い詰めるだろう。 アンナは、黒く揺らめく影の様な獏田の悪霊をきっと睨みつけた。 「あなたと、メリッサと駅作との結びつきは一体何処からなんです!?」 『メリッサとは生前からのプロデューサーと創作者としての縁だったからな……俺に相談されて、作品を活かして『芸術』を量産する手伝いをしてもらったんだよ』 それがメリッサの利益に適う、ギブ&テイクの間柄になったのだとアンナ達は納得した。 「それであなたは納得して自殺したというのですか。自分がヴィデオストームになる為に」 『そうだ……。もうすぐ俺の魂は燃え尽きるが凄く気分はいい……お前らより一足先にあの世を見てきてやるよ……死後の世界とやらが本当にあるとしたら、だがな……!』 笑いながらかすれるように消えていく男の霊魂。 その消える間際にジュディは拳を突きつけた。「ゴッドはお前の様な男の為に、特等席を用意してアルワ……」彼女の拳は、親指を下に向ける。「ゴー・トゥ・ヘル!」 ――!! 悪霊の得意満面だった笑みが何かを覚ったように崩れた。 その最期は絶望に染まり、泣きそうな顔がはかなくかすれて消滅した。 ★★★ 「汽車で駆け落ちの線が濃いと思いますが、駅馬車や船の類にも網を張り巡らせておきましょう」 と、アンナは学園警察の衛士達に檄を飛ばした、 メリッサ仁藤と駅作純一、二人の殺人教唆犯を逃すわけにはいかない。 捜査を進める内、事件の背景に混沌の犯罪結社『ウィズ』の影がちらつくように見える事もあったが、それははっきりと正体を掴めない内に背景の闇へ紛れていった。 言えば、関係があるかどうか判然としないという状態だ。少なくともこの段階で関係ありとはとても言えない。 とにかく被疑者行方不明の段階だが『連続自殺事件』自体は終結したと言っていい方向性を迎えていた。 『冒険者ギルド』二階の酒場。 クエストを受けた者達は打ち上げの前段階のささやかな酒宴を催していた。 「正直なところ、今回の事件は小説のネタとして使いたくないな……。生なましすぎる」 酒宴に混ざっているザッハトルテが正直な気持ちをここで吐露した、 ビリーとリュリュミアの料理によって、彼の脳腫瘍は早期の段階で頭から消えていた。 「今回、わしらはクライマックスには眠っていて参加しとらんので、狂気の放射とかいう奴を経験しとらんやが」 「そやそや。聞けば芸術的センスが花開くとか言うふれこみらしいやあらへんか。そりゃ芸人としてはちょっと聞き逃せんもんやおまへんか」 酒に酔っているレッサーキマイラ達がとんでもない事を口走った。 聞いたザッハトルテが露骨に嫌な顔をする。 「阿呆か、お前ら」ビリーがビシッと芸人魔獣に釘を刺す。「外からの刺激に頼るのはしょせんニセモンや。脳内のだけでイってしまえる奴こそがホンモンなんや。解ったらギャグの素振り百連発! これ食ったら体力づくり始めるで!」 ビリーは打ち出の小槌からバケツサイズのフライドチキンの山を出し、レッサーキマイラへ投げつけた、 「あらあらぁ。じゃあチキンにかけるレモンをよういしてあげるわねぇ」 リュリュミアがレモンを酒場内で急速栽培する。 爽やかな酸っぱい香り。 暑苦しい夏が過ぎ、世間には秋の風が入り込んでいた。 ★★★ |