「平和の歌」 第2回

ゲームマスター:いたちゆうじ

「おお、おぬし、それは本当か!?」
 失われた古代の魔法の探索家にして、レルネーエン七賢者の一人であるエクスブローンは思わず目の前の少女の肩をつかんで呼びかけた。
「だから本当だっていってるよ。あっちにもっとすごいお宝があるかもしれないし……」
 そういって、少女……リク・ディフィンジャーは塔の1階最奥部にて発見された階段を指さす。
 レルネーエン世界の中心に突如出現した謎の塔。
 リクたちはその塔の探索を行っていたのだが、1階の奥にあった小さな部屋の中で、謎の多面体を発見したところだった。
 多面体を持ち帰って分析したがったエクスブローンと、あくまでも自分のものだと主張しそうなリク。二人の対立は決定的かと思われたが、リクは意外にもあっさりと多面体を放り出すつもりでいた。
 まだみぬ塔の2階以降の部分において、もっとすごいお宝を発見できるのではないか……その思いがリクにあった。
「本当の本当じゃな!? 後悔せんじゃろうな? 分析班の手に渡ったら、もう戻ってこないかもしれんぞ?」
 エクスブローンにはリクのいってることが聞こえているはずだが、なおもしつこく念を押してくる。
「あーあ、だーかーら、リクはいまはこれのことよりも、もっと上に行ってみたいの!」
 リクはうんざりしたように肩をすくめた。
「ふっ。そうか。ならもう何もいうまい。これはいまからわしが速攻で持ち帰り、速攻で分析にかけ、素性を明らかにする。ふっふっふっ……」
 エクスブローンは不気味な笑みを浮かべると、布に包んだ多面体を小脇に抱えて、塔の中から走り出していった。
「やっといったか……やれやれ〜」
 リクは安堵の息をつくと、階段に足をかけた。
「この塔の2階以降に、何があるかわからないけど……慎重に、進まなくちゃ」
 リクは、ゾクゾクしながら塔の上階へと進んでいった。
 そこに待ち受けるものは……?



 街の広場には人々がひしめき、いまかいまかとそのときを待ち焦がれていた。
 広場の中央にしつらえられた、実演用のステージ。
 そのステージに、一人の青年が乗りあがった。
「わー!」
「きゃー!」
 人々の間から歓声が巻き起こる。
 人々といっても、その大半は子供だ。
 大人も3分の1ほど混ざっているが、子供たちの盛り上がりようがすごい。
 まるで夢をみているかのように瞳をキラキラとさせ、子供たちは青年の名を叫ぶ。
「リスキー! リスキー! 僕らの兄貴!」
「リスキー! リスキー! 魔法の神様!」
 子供たちの歓声に手を振ってこたえながら、リスキーは深呼吸をした。
 ギターをかき鳴らし、リスキーは歌い始める。
 その歌声は力強く、表情に富んでおり、聞く者のうちに不思議な力をわきたたせた。
「これは……」
 子供たちと一緒に歌を聞いていたアクア・マナは感嘆の声をあげた。
「まるで、魔法のようですね……聞いていると知性や感性といったものが増幅されていくのを感じます……。大人に対しても効果はありますが、とりわけ子供たちへの威力が絶大ですね」
 アクアのいうとおりだった。
 子供たちはいまや顔を真っ赤にしてわめきたて、くるくる踊りだしている。
「感じる、感じるよ。僕たちの魔力が上がっていく!」
「いまよりもっともっと、すごい魔法を使えるようになるんだ!」
 子供たちの全身から、不思議な光がたちのぼっていた。
「むう、これは……」
 アクアは固唾を飲んで子供たちの変化を見守った。
「明らかに、この歌には魔法の力を向上させる作用がありますね。けれども、これは、『催眠』や『洗脳』とは違うようです……能力を飛躍的に向上させますが、それ以上の作用はないようです……」
「ああ、素敵だよ、みんな。もっと、盛り上がってくれ! もっと、叫びたててくれ!」
 リスキーは歌い続けた。
 汗をかき、フラフラになりながらも迫力のシャウトを大空に吐き出す。
「きみたちもっとすごくなれるよ、きみたちもっと素晴らしい存在になれるよ」
 リスキーの熱演はいつまでも続くかに思えた。
「むう。わかりませんねえ……。これが果たして、子供たちにとってよいことなのか、悪いことなのか……。ただ、子供たちの楽しみを邪魔するようなことはしたくないですねえ」
 アクアはリスキーという青年にどう対処するべきかわからないといった風に顔をくもらせた。
「あれ、アクアもライブにきてたんだね」
「えっ? その声は……トリスティアさん!」
 なぜか不吉なものを感じながら、アクアは声をかけてきた人物を振り返った。
 ナイフの悪魔として男の子たちに恐れられる、トリスティアの姿がそこにあった。
「トリスティアさん、まだスカートめくりのこと、怒っているんですか?」
 アクアは慎重に言葉を選びながら、問いかけた。
 今日のトリスティアは、まだナイフを抜いていない。だから、子供たちもあの怖い人だということに気づいていない。
 まだ抜いていない……そう、まだ。
 アクアはなぜか緊張を覚えた。
 トリスティアに正座させられたときの痛みが、膝によみがえるように思えた。
「うーん……スカートめくりはもうなくなったけど……まだ子供たちのイタズラがなくなったわけではないし……」
「ないし?」
「ハア……そんなことより……ハア……ボク、何だか興奮してきちゃった……」
「トリスティアさん!?」
 トリスティアの顔が紅潮しているのをみて、アクアは急に不安になった。
「ハア……素晴らしい歌声だなあ……ハア、リスキー!!」
 突然トリスティアさんは駆け出した。
「あっ、トリスティアさん、どこへ……。むう……どうやらこの歌、トリスティアさんには刺激が強すぎたようですね」
 ライブを主催しているリスキーではなく、このトリスティアによって、また大騒ぎが引き起こされるのではないか……そんな予感にアクアは震えた。
「わー! わー!」
 トリスティアはステージの上、リスキーの脇に飛び上がると、一生懸命歌い始めた。
「おや? 俺とデュエットかい? それとも歌勝負? 素晴らしい和音が出せるといいね」
 リスキーは笑いながらトリスティアの肩を叩き、ギターをかき鳴らす。
「わー! わー! リスキーばんざい! レッツゴーリスキー!」
 トリスティアはリスキーの歌といまいちかみあわないリズムで、しかしそれ自体としてはノリノリの雰囲気で歌を歌い舞いを舞った。
 そんなトリスティアの全身から、不思議なオーラがたちのぼる。
「トリスティアさんの魔法の力が、上がっているようですね……」
「うにゃー! ぴょんぴょん」
 感極まったトリスティアは飛び跳ねながらステージを飛び降り、広場から走り出ていった。
「どこへ行くのでしょう? そもそもなぜこのライブに参加していたのか……」
 アクアはトリスティアのことは忘れて観察を続けようとしたが、忘れようとしても忘れられる存在ではなかったのだ、トリスティアは。
 そしてこの後大事件が起きる……。


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