『……の残照……2』 

ゲームマスター:秋芳美希

【過去関連イベント】
『……の残照……』

 辺りは闇。
 その中に、白さだけは鮮やかな階段がある。
 どこに続くとも知れない階段の流れ。
 生物の気配は何もない。
 無機質な空間。

 気がつくと、自分もその階段の上に立っていた。
 自分の立つの階段は直線的に進んでは曲がりくねり、さらに踊り場から四方に伸びて続いてゆく。

 自分にあるのはただ、自分の意識と、意志のとおりに動く体。
 そして、携えてきた品々。

 漠然と、このままここにいてはいけない、と思う。
 動き出そうとする意識。
 階段の続く先には何かがある確信が芽生える。


 その時、闇の中に響き渡る音がある。
 
 ドォン……ドォン……
 
 続けて、生気のある少女の声が響いてくる。
「失敗は成功の母! ……ってったって、こう時間が足りないんじゃ、失敗したって当然よ!」
 どうやら、音の正体は爆発音であったらしい。
 その音で起こされたのだろうか、寝起きの生物らしい気配がする。
「へろー、おはよーでーちゅ。おどっていいでちゅかー?」
 可憐な乙女の声が続く。
「この場所も見つかってしまったようですね……もうそこまで近づいています……どうしましょう……」
 さらに張りのある青年の声が続く。
「俺はこれからも自由を続けてゆく!」
 刀が引き抜かれる音が鳴った。
 そこへ、盛大な破壊音が響く。
 バキャッゴキゴキゴキッ!
 同時に、何者かの高笑いが響き渡る。
「キーヒヒヒヒヒ! こんなとこに隠れているあるたぁなァ! まずは目障りなてめぇらから血祭りヨ!!」
 高笑いは数百の笑い声と重なり合って辺りに響き渡った。

 彼らの声は、自分に「何か」を思い出させる。
 それは、自分の中にある良心なのか。
 好奇心なのか。
 悪への渇望か。
 それとも……意識の奥底にあった記憶かもしれない。

 階段は続く。
 音の響く方向にも。
 そして音のない方向にも。
 上に、下に、
 右に、左に。

 進めば彼らに出会えるかもしれない。
 その時、自分は飛び込むのか、様子を見るのか……。
 それとも愛を語るのか!?

 音は続く。
 鮮烈な響き。
 太刀の薙ぐ音。
 数百の高笑い。
 そして悲鳴は……高笑いの数をはるかに超えていた……。
 響きの意味を考えながら進み始める。

 響き渡る音にまぎれて囁く声が、ある。
「スベテハアルガママニ……」

 進む方向を決めるのは自分だけ。
 まだ、この先の世界で何が起こっているのかもわからない。


−−階段世界にて−−
【ディック・プラトックによる考察】
 野性的にのびた薄茶色の髪を持つ長身の青年。それがディック・プラトックである。ディックの生まれ育った世界は「機械と自然の共存」が提唱される高度な物質文明界。魔物と呼ばれるものは少なく、一度現れると大きな騒ぎになるほどの平穏な場所である。そのディックはこの階段があるばかりの世界に立った時、あらゆる方向から様々に響く音に危険を察知する。
『まずここは辺りの様子をうかがった方がよさそうだ』
 ディックは階段を進まずに、響き渡る音に耳をすませる。
『……爆発音に悲鳴に高笑い、かみ合っていそうでかみ合っていない気がするな』
 デッィクはその音達に疑問を持った。
『その空間に存在している人達も、どこか接点があるようで接点がないんじゃないのか?……もしかしたここはあらゆる世界の空間が交じり合った世界ではないのか』
 閃く疑問と仮説。その検証をディックの意識が試みていた。
    ○階段の世界に存在していると思われる人以上の声の数が疑問である。
    ○数多くの人が存在しているのであれば姿が見ても可笑しくない。
    ○そもそもが数多くの人がこの階段世界にはない。
 それらの項目を上げたディックはさらに検証を進める。
『この空間には僅かな階段とそれを繋ぐ踊り場しかない……すると少なくとも階段にその声の主達全員がいるのは不可能ではないか? 空中にいるのであれば何かしら飛んでいるような音が聞こえてもいいのだが』
 しかして、ディックの予想する音は無かった。そこまで考えたディックが出した答えとは、
『この階段の世界自体に、いろんな世界に繋がっている窓があるのでは?』
 というものであった。その開いた窓の向こうから声は響いていて、この階段世界に響く。そしてデッィクは、窓を閉めればその声は治まるのでは、という結論に達したのだ。
『この階段世界にとって悪いものであれば、窓を閉めて排除するのも一つの方法だろうからな』
 そんなディックは高笑いが鳴り響く方向に向かって歩き出す。歩き出したデッィクの胸には、さらに一つの仮説があった。すなわち、そこに実際に存在している人達はその窓を越えてきた者達かもしれないというものである。
 ディックによる考察。その実証がなされるかどうかは、階段世界に関ったその他の人々にゆだねられていた。

【リュリュミアと佐々木甚八に関る去就】
 無機質な階段世界。この世界に捕らわれたまま動けない者たちがいた。
 捕らわれた者たちとは、半死状態で動けない佐々木甚八と、傷ついた甚八を見捨てられない乙女リュリュミアである。彼らについて語るとすれば、階段世界がまだ一つの世界に限定されない「時」まで戻らねばならない。かつて、リュリュミアは自身の出生に関る不完全な世界意識ゆえに捕らわれ、甚八は自身の実質的世界で失った「自我と事象」とに支配されたがゆえに捕らわれていたのだ。そうして半死に至るまでダメージを受けた体と共に、リュリュミアは動かぬ世界に存在していた。そうした彼らの「時」が、動きだす好機が訪れていた。
 
「頭が半分壊れた人をどうやったら助けられるか考えてたんですけどぉ、ぽんっと思いついたことがありますぅ」
 無機質な空間で声を上げたのは、たんぽぽ色の幅広帽子をゆらす乙女リュリュミアからだった。甘い香りを放つ女性らしい体つきをしたリュリュミアは、実は人ではない。体組織は植物といってよいリュリュミアの手が、自身の若草色のワンピースに触れる。
「そうですぅ、とりあえず傷口を何とかすればいいですぅ」
 リュリュミアがおもむろにワンピースの上の部分を脱ぐと乳白色の肌があらわになった。人と寸分変わらぬ、なまめかしくもある肌の色。しかしその肌の表面は、滑りのよい光沢を放っていた。リュリュミアは、自分の肌に手を触れると、玉ネギの皮をむく要領で数枚の肌をはぐ。そうしてからリュリュミアは、甚八の方に向き直るとイチゴを摘むように甚八の頭をプッチンともごうとする。その時、甚八の痛みを共有するペットから声が上がった。
 −アタシを……置いてったらいかんやろ……−
 その声の意味するところをリュリュミアが考える。
「えっとお、首プッチン、はいけないってことですかぁ?……仕方ないですねぇ」
 甚八の頭をもいで、傷口だけでもふさごうとしたリュリュミアは、手を止めて傷口を自分の身体に押し当てる。そのままま継ぎ目をそっと皮と上着で包み込んだ。
「これで頭はしばらく大丈夫ですぅ。あとはちゃんと治せる人を捜すだけですねぇ。爆発音がするほうに行ってみましょうかぁ」
 リュリュミアは、響き渡る音の中に実験の音を聞き分ける。
「何か実験をしてる人なら治し方を知ってるかもしれないしぃ。あぁ、一緒にいた人がついてきてくれるなら、身体ごと運んでもらったほうがいいですかねぇ?」
 リュリュミアは、ふと甚八にここまでダメージを与えた人形に目を向ける。しかし、人形自体に宿る生命体のダメージもすさまじく甚八の体は、リュリュミアの持つ蔦に頼る他はなさそうであった。

 リュリュミアのおかげで、かろうじて命を永らえた甚八。新しい時を刻む機会を得ることができた甚八の精神体はこの時、別の次元へとすでに向かっていたという。

【リリエル・オーガナと鷲塚拓哉とに去来する事態】
 スレンダーでいて女性らしい体つきをした乙女、リリエル・オーガナ。姿勢のよいやや長身の青年、鷲塚拓哉。高度に発達した物質文明世界において、彼らは同じ宇宙戦艦に乗艦する臨時艦長とその副長の関係にある。この階段世界に至るまでの彼らの記憶とは、乗艦していた宇宙戦艦「天照(あまてらす)」にて、長らく航行していた天の河銀河をついに出てM82不規則銀河へ向かう為にフェイズワープした、というものであった。その彼らの視界は、突然暗転し、この階段世界の別の場所へと出たのである。
「……で、此処どこ?」
 リリエルが慌てて傍らにいたはずの拓哉の位置を確認する。果たして、そこには拓哉がいた。
「確か俺は、艦隊の指令でM82不規則銀河の調査に出てて、いよいよ天の河銀河を飛び出そうとフェイズワープ指令を出して……ワーブは失敗したのか?と言うか此処はどこだろう?」
 予期せぬ事態に、拓哉は携帯している新式対物質検索機での調査を提案する。けれど、検索機はこの世界に、二人以外の生物反応を示さなかった。二人は、互いの存在を心強く思いながら調査を続ける。
「階段の材質は炭酸カルシウム、いわゆる石灰岩というやつか。重力の方向……大気の成分は……」
 それらを分析しながら、この空間が階段表面に向けて重力が発生していることをつきとめる。そして大気は、階段に向けて発生する重力によって、生物が呼吸可能な濃度を持つことをつきとめる。
「つまりは、階段のない部分には有機生物は存在できないってことよね」
 リリエルの分析に頷く拓哉。そんな二人の耳に、聞こえてくる声がある。
「で、……何か聞こえてきたけど」
「音の正体は爆発音か。爆発物の正体は不明だな……もっと近づいてみればわかるのかもしれないが」
 拓哉の持つ新式対物質検索機は、その振動で音の正体を爆発音と測定する。そして二人して音の響く方向へ向かうべく、上方に続く階段を進む。
 続いて、生気のある少女の声が響いた時、リリエルが思わず立ち止まる。
「この口調、あたし!?」
 その声にリリエルは自分を重ねあわせた瞬間、リリエルの意識は飛んでいた。
「リリエルか? いや少し違う、似ているけど……」
 リリエルに応える拓哉は、リリエルの意識が飛び去った体を思わず支える。
「何があった!?」
 そんな拓哉の耳に、続けて何者かの声が届く。
「……この寝起きの生物らしい気配、誰か解らない、もしかしたらありえたかもしれない俺の弟か妹か? ……可憐な乙女の声は……仲間のアクア・マナに似てるけどまさかなぁ? 両親の友人か同僚だろうか?」
 そして、張りのある青年の声が届いた。
「俺の声?」
 声に拓哉は自分を重ねあわせた瞬間、拓哉の意識もまた別の次元へと飛んでいた。
 階段世界で意識を失った二人の体が寄り添う。二人の意識だけが、別の世界へと向かったという。

 多くの者が音の方向へと向かう。
 それは実体を伴う者。
 精神体のみが向かう者。
 さまざまにあったという。


−−交錯する幻想的異世界にて−−
【武神鈴の不思議遭遇】
 学生服に白衣姿の美青年、武神鈴。鈴は、爆発音と生気のある少女の声が聞こえた時、
「失敗は発明の母か……いい言葉だ……だが、時間が足りないことを失敗の原因にするのはいただけないな……初めから時間的に無理でないのなら時間がなくて失敗するのは単なる未熟の証に過ぎないのだから……」
 と考えた。そうして鈴は、爆発音と、それを起こしてる少女に興味を覚え、音のする方向に向かったのである。鈴が向かった先で出会った者とは、制服姿に眼鏡が印象的な少女であった。少女の方は、突然接触するほど至近距離に現れた鈴に目を見張る。
「ちょっと、あなた、一体何なの!?」
「と、まずは無礼を謝らなければならないな。これは失礼した」
 鈴は、声の本人と、接触が取れる距離まで近づいたら自己紹介をと考えていたのだが、これほどの至近距離であろうとは予測しえなかったのである。少女から一歩二歩と離れてから、自己紹介しようとした鈴は、少女の顔に見覚えがあった。それは、相手の少女にも同じことであった。
「あーっ! あなたは、皇都〜函根間自動車競走大会総合優勝の武神鈴ね! しっかり覚えてるわ!!」
 かつて皇都世界において「音速剛轟号」を操り優勝した過去を持つ鈴。鈴の出会った少女は、そんな鈴と数回のデッドヒートを演じた記憶を持っていたのだ。
「これは驚いた……こんなところで出会うことがあろうとは」
 驚く鈴の視界の中で、少女の表情がさらにゆらぐ。
「あたし……あたしの中に……別の……」
 そうして少女の表情は、鈴の知る別の乙女の表情に近くなる。
「! リリエル!?……いや違う、やはり……」
 姿形は変わらぬもののの、表情だけは別人に変化した少女を前にして、鈴がうなる。
「一体、何が起こっているんだ」
 そんな鈴に、少女の姿をしたリリエルらしき声が上がる。
「こっちが聞きたいわ。一体、何が起こっているのかしら?」
 混乱するそれぞれの記憶の奔流。けれど異世界での現実は、彼らに容赦はないようであった。

【危機を救う! 異世界人たち:リク・ディフィンジャー】
 青い髪の左右のもみ上げの先をゴムで結んだ少女、リク・ディフィンジャー。リクは、階段の世界に響き渡った音によって我に返った少女であった。再び訪れてしまった無機質な世界で、リクは音によって目覚めた寝起きの生物に興味を覚える。
「んー、声からすると、その生物も自分と同じであまり周りの状況を把握していないみたいよね」
 親近感が増したリクは、その生物と仲良くなるために一緒に踊ってみたいと思う。そして声の方向に向かったリクが出会った者とは、まさしく「犬」、そのものであった。
「へろー! ぼく、ジョリィでーちゅ♪ 『おぢこ』でもいいぢょー」
 毛足の長い茶毛と白毛を持ち、胸毛が立派なシェルティの子犬。額部分に白い縦線が一本入っているのが印象的な犬が、リクとの出会いを喜んで踊る。そのジョリィと手を繋いたリクは、
「あたしは、リク。ね、一緒に踊ろう♪」
 と、クルクルと楽しげに回り始める。そんな二人の周りは実は殺伐とした緊急事態であったのだが、二人にとっては関りのない別世界と化していた。その中で、心ゆくまで踊ったリクとジョリィ。交流を深めて踊り疲れたところで、「君はどうしてここにいの?」と、リクが聞きたかった質問をする。
「んー、ぼく、眠くなっちゃったでーちゅ。わかんないから、そっちの人に聞いてほしいぢょー」
 そしてジョリィが指差した先には、かつてリクが出会った、『あまり出会いたくない者』がいた。そこにいたのは、2mほどもある身長に筋肉質の巨体を持つ魔物。魔物は、リクの顔を見ると、ニヤリと笑った。
「キヒヒ、その顔、見覚えがあるゼ。……確か」
 そんなリクの腕を、引っ張る者がいた。
「リクさん! こちらへ。あなた方のおかげで、多くの人が逃げ出せました。さ、あなたも!」
 リクが相手の顔を見て、記憶の混乱が起こる。
「え? 君って……もしかしてエリカ……? レルネーエン世界の??」
「はい」
 にっこり笑ったエリカの表情は、母の厳しさに変わる。
「詳しい説明はこの場を逃げ出せましたら、あらためていたしましょう」
 しかし、彼らの前に巨体の魔物は立ちふさがってしまう。
「キヒ、速さでかなうと思ったカ! 逃げ出した者たちも同じ運命ヨ!」
 二人の前で指を鳴らす魔物。彼らの現実は、まだ厳しいものだった。

【危機を救う! 異世界人たち:ラサ・ハイラルとジニアス・ギルツ】
 一見すると可憐な少女。しかし、よく見ようとすると微妙に透けた姿をしていて、触れることはできない少女。その少女の名は、ラサ・ハイラル。冥界に近い世界の住人であるラサは、階段の世界でかつて出会った少年の成長した姿と再会する。ラサの知る少年とは、ジニアス・ギルツのことである。成長したといっても、そもそもが成長速度がゆるやかなジニアスである。姿形に大きな変化がなかったせいか、ラサにはジニアスがすぐにわかった。しかし、ジニアスはラサとの再開を喜ぶより先に、音の正体に気を引かれてしまっていたのだ。それがわかるラサは言う。
「ジニアスは追われてる人達を助けたいみたいだけど……どーゆう理由でこんな状況になったか分からないから。『高笑い』と追われてる人達……どっちが悪者か分かんないから様子みた方がいい気もするけど」
「そうはいっても「血祭り」とはずいぶん物騒な話だよな……まぁ、ラサが言うように一部を見ただけで全てを判断できる訳じゃないけど……やっぱ困ってる人はほっとけないだろ?」
 ジニアスの意見に、ラサが頷く。
「そうだね。目の前で人が傷ついたり死んじゃったりするのは嫌だし……やっぱり助けよう!! もし、『高笑い』が正しい事してたのなら謝ればいーよね☆」
 慎重な態度でいて楽観的なラサに、ジニアスが頷く。そして高笑いの方向に向かった二人。二人が飛び込んだ場所には、巨体を持つ数百の魔物が数千の人々を追い回していたのだった。
「あの魔物には覚えがある……」
 ジニアスは直接対峙したことはないが、かつて訪れた世界を席巻していた魔物の風貌によく似ていたのだ。そしてジニアスは、魔物たちがわざと人々に恐怖を与える追い方をしているのがわかった。
「人の恐怖を糧にしているのか……少数で大勢を相手にするのは大変だけど、こういう奴らは頭を押さえれば大概なんとかなるもんだが……」
「そうも言ってられないみたいだよ!」
 ラサの指摘で、魔物たちが人々の端から切り裂き始める姿を見つけてしまう。続けて、手を下した魔物自体がジニアスがよく知る異世界人によって蹴り倒される姿が映った。
「まったなし、ってことか。加勢しなければ、仲間も危なくなる!」
 ジニアスは、軽業で慣らした軽快なステップで攻撃を躱しながら、魔物と逃げ惑う人々との間に切り込んでいた。
 目立つ動きをするジニアス。そのジニアスをサポートするべく、ラサはジニアスから距離を置く。そして、体を隠せる位置を確保してから魔銃を構えていた。ラサの持つ魔銃の威力は弱めでも飛距離重視の戦術である。目立つジニアスに攻撃仕掛けてくる魔物のこめかみ狙って精密射撃を成功させていた。
 混乱の中、閃く雷鳴はサンダーソードを操るジニアスの一撃。斬撃後、間髪入れずに蹴り飛ばすジニアスは魔物たちを前にして豪語する。
「冒険者なんて一歩間違えれば『高笑い』と同じ、ならず者と変わらない。忘れちゃならないのは、自分の行動に責任を持つことと、相手を思いやる心だ!」
 裏を返せば『高笑い』をする相手も心さえあればやり直せるということも、きっかけとしてあってもよいと思っていたジニアス。しかし、それは望めないことがわかったジニアスは、拳をポキポキ鳴らしながら魔物たちに笑顔を向ける。
「何をしようとあんたの勝手だけど、その結果がどんなものでも責任持って受け入れないとなぁ…♪」
 ジニアスは、雷撃を飛ばす遠距離攻撃すら可能な剣を、天に向けた。

【危機を救う! 異世界人たち:トリスティア】
 ジニアスとラサとに先んじて、魔物たちに蹴り攻撃を仕掛けていたのは、小柄な少女であった。細身であるのに、甚大な威力を放つ華麗な蹴りを決める少女の名は、トリスティア。トリスティアは階段の世界で響き渡った音を聞いた時、迷わず『悪党たちが暴れている側』を目指して階段を走った少女である。
「どう聞いたって、爆発音が聞こえてきた方向では、悪党たちによって人々が苦しめられている様子だよね!」
 そうと決まれば、黙って見過ごす性分ではないトリスティアが真っ先に飛び込んだのだ。これまでも数多くの世界において、人々を守るために、圧倒的な数の敵とも戦ってきたトリスティアである。今回も臆することなく悪党たちの群れに飛び込み、建物すら吹き飛ばす威力を持つ『流星キック』で、文字通り敵を蹴散らしたのであった。
 飛び蹴り、回し蹴り、かかと落としといったリュリュミアの技の威力は、魔物たちには高笑いが止まるほどの効果があった。しかし、そのスピードにおいてはトリスティアが一歩遅れてしまう。しかも、トリスティア自身が魔物たちにとって苦い記憶を呼び起こす存在であったらしい。
「キーヒヒヒ。おまえ、『ムーアの砦』だったトリスティアだナ!! まずはおまえから血祭りダ!」
「! まさか、修羅族!?」
 見覚えのある魔物に、トリスティアの戦いの記憶が蘇る。
「お互い、ここで会ったが100年目ってくらい、因縁の対決だね! もう一度、ボクに負けたいってことかな?」
「その口を二度と開けなくしてやるゼ!!」
 人々を追いまわしていた魔物たちは、ジニアスに向かう者とトリスティアに向かう者とに別れて集まり始めていた。その中でトリスティアは覚悟を決める。
『あの時と違うのは、奇襲が使えないってことか……キツイ、かな』
 歴戦のトリスティアだからこそ、一体でも手強い魔物の強さを知っていた。
 そして逃げ惑う人々を魔物たちから守りつつ、魔物のリーダーらしき者を探すこともまた諦めざるを得なかった。


【入れ替わるそれぞれの意識:佐々木甚八と鷲塚拓哉】
 トリスティアとジニアスとが探す魔物のリーダー格である者。その魔物は、リクとエリカの前に立ちふさがった者であった。その魔物の意識が、突然何者かに乗っ取られる。

「グ……グワワ!? オ、俺様の中に??」
 同じ頃、剣を引き抜いていた青年が頭を振る。
「……俺は……シルドナ……志を同じくするならば……しばし許そう」
 フィアレル世界において、盗賊団「シークス」の首領であったシルドナ。そのシルドナが精神の侵食を許した者とは、鷲塚拓哉。そうして魔物の意識と入れ替わった者は、佐々木甚八であったのだった。
 入れ替わった異世界人たちの精神世界の戦いが始まろうとしていた。

 未だ自分の世界の事象に捕らわれている半死状態の甚八は、目の前の実体である紅い瞳のシルドナを前にしても変わることはなかった。 
「……見つけたぜ。ウチの系列会社から盗んだ新薬の実験データとそれを基にした試作品、一切合切返して貰おうか」
 修羅族と呼ばれる魔物の姿となった甚八は言う。
「理想的なゲノム配列見つけて生産乗せるまでに、一体どれだけのカネと虫と植物を潰してきたと思ってんだ?尤も、オリジナルの痕跡を全く残さない新製品を開発するには時間が足りなかったみたいだな。てゆうか、なんだこの研究室、総鉄板張りか?」
 修羅族の姿をした甚八の視界すらも、自世界での記憶から構築された世界が映る。しかしその感触は、「総鉄板張り」の床とは明らかに違った。そこは足場の安定しない岩場であり、修羅族ほどの力でもってさらにその足場さえ粉砕してしまう不安定さである。修羅族の姿をした甚八はよろけながら言う。
「……まあいい。お宅の催眠術師であるスパイは、中々の使い手だった。そいつ並の力があれば、これくらいの幻覚は造作もなかろう」
 甚八の世界では始末をつけたという催眠術師。その話をただ黙って聞いていた拓哉がおもむろに口を開いた。
「大分、俺の推論とは違う世界だったが……この体を貸してくれたシルドナに敬意を表して言わせてもらおう」
 拓哉は、精神体のままフォースの光を形作る。
「もしこれが記憶の混濁させる世界だとするのなら……俺にしてみれば、フェイズワープ中の悪影響での幻覚かも知れんが……このままのおまえのままでは、やはり止めないと! 他に方法があるかもしれないが……」
 フォースの光が剣となる中、幻想的異世界において現実世界と精神世界とが共鳴を始めていた。

【脱出への手がかり:リリエル・オーガナと武神鈴】
 リリエルの意識が入った少女。その手には、確かに設計図が握られていた。そして鈴はその設計図をのぞいて、少女が爆発を起こしていたのは、人を殺したり、心を操ったりする機械の開発でないのを確認する。
「協力してやってもいい……と思っていたが、ここは俺がやるしかないようだな」
「そのようね。ここはあたしの能力だけではお手上げみたいだから」
 眼鏡少女姿になったリリエルが肩をすくませて、図面を鈴に手渡す。
「少なくとも、俺が手を貸すことで時間が足りないってことはなくなるだろう」
 鈴は素早く図面から確認すると、そこには空気圧を利用した二基のエレベーターらしき構造図が描かれていた。鈴が知る実質的なエレベーターと違うのは、空気圧を一定にするべく密封したエレベーターの上部を最高到達地点で解放するという仕組みである。その設計図を見て、
「もしや、この到達点での解放がこの幻想的現実世界からの脱出に使えるものなのか?……エレベーターとしては穴だらけだな……まあ、あの腕ならこんなものか……」
 そうして鈴は、少女の考案したエレベーターの問題点を手直しし、材質の強度が足りない部分は、「変換符」を使用して強度をクリアする材質に変換していた。パーツ的に足りないものに関してはシークレットアームと万能工具セットをフル稼働してその場で作り上げてしまう鈴。その鈴の手際を少女が見てしまったら、自己嫌悪に陥るほどの速さで完成に近づけていった。
「だが、俺が全部してしまったら、それはあの少女の発明じゃなくなるのはちょっと残念だな。誰がやっても代わらない肉付けはともかく骨子の部分くらいはやらせたかったな。それが道具に命を吹き込むことにもなるだろうしな……」
 リリエルは、そんな鈴の言葉を設計図の端にメモして、制服のポケツトに入れたという。
「気づいてくれるといいわね」
 リリエルの心遣いに、鈴は苦笑していた。


【脱出!!】
 多くの者が捕らわれていた異世界。
 この異世界にいる人々の誰もがまた、別の世界の住人であったらしい。
 その世界から脱出できるエレベーターが鈴の手によって完成する。
 しかし、この世界にはまだ数多くの魔物たちがその行く手をさえぎっていたのだ。

 この世界に、息も絶え絶えに遅れて訪れる者がいた。半死状態の甚八の体を、蔦で引きづってきたリュリュミアである。
「あー、よおやくつきましたぁ! えっとぉ、どなたか治療のできる方はいませんかぁ?」
 リュリュミアの声に反応したのは、緊急医療用具を持つリリエルだった。
「あたしの出番のようね! ……といっても階段世界にまで戻らないとどうしようもないんだけど?」
「えぇぇ!? 戻るんですかぁ?? もう疲れましたぁ!!」
 そんなリュリュミアの騒ぐ声とその足元に置かれた体。それらに反応したのは、修羅族の長の体で戦っていた甚八だった。
「……これも幻覚か!? そこにあるのは俺の体??」
 リュリュミアにとっては懐かしい仲間である修羅族の言葉。その修羅族に向かって、リュリュミアが明るい声を返す。
「久しぶりですねぇ! 体の方は違いますよぉ、修羅族さんの体なわけないじゃないですかぁ。この体は、甚八さんといってぇ、階段の世界で人形さんに頭を割られてたんですぅ」
 ワンピースを脱ぎ、体の皮をはいでまで甚八の止血をしてくれたリュリュミア。その肌は、甚八の血で汚れていた。そうして甚八は、自身の記憶の反すうを始める。
「……ということは、今の俺の体は別物に入ってるってことか??」
 甚八の言葉に、実体はシルドナとして戦っていた拓哉が言う。
「そういうことになるのだろうな。ちなみに俺もそうだ。俺の名は、鷲塚拓哉。体の方は、シルドナというらしい」
 拓哉の存在を確認したリリエルの顔に笑顔が戻る。
「あ、あたしも精神はリリエルっていうのよ。ちなみに、あなたが入ってる魔物の体は、修羅族の長の体なの。どうせなら、この状況を利用しないってもったいないと思うんだけど、あなたはどう思うかしら?」
 その提案を甚八は受け入れるべくして頷いたという。

 為すべきことを為し終えたリリエルは思う。
 『 「スベテハアルガママニ……」……それってつまり現実を受け入れてそのまま次にどう出るか考えろって事? もしかしたら過去と現在と未来が交錯していたりするかも知れないけど、多分それはあたしの忘れかけてた記憶とか未来の予測や希望が混じってるかもしれないわね』
 そうして拓哉と別の体で再会したリリエルは、「早く任務に戻りましょ」と拓哉ににこやかに笑いかける。そうした二人には、いつかまたゆっくりこの事について話す時も来ることだろう。



【マスターより】

 またも公開遅れとなりまして申し訳ありません。
 さて、前回イベントシナリオの不明瞭な世界から「一つの世界」へ。『バウム』ならではの、ちょっと変わった世界につながりましたが、いかがでしたでしょうか? このシナリオのキーワードは、関りたい対象でした。参加いただだきました皆様には、PCの方向性や個性を出すのが厳しいシナリオだったかと思います。その中を、皆様の個性あふれる行動をありがとうございました!
 シナリオの方向性や方法論としましては、まさにやってみたい表現に挑戦させていただいたシナリオだと思っております。この『……の残照……2』シナリオ制作にあたり、協賛いただきましたバウムサイトマスター委員の皆様にも感謝の意をささげます!これからもますますよろしくです!